信濃錦タイトル画像

はじめに
防腐剤無添加酒の開発
酒造好適米全量使用と契約栽培
純米酒へのこだわり
信濃錦の味わい
顔のみえるということ
最後に
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蔵元情報

 ここにご紹介致しますのは、教育誌『季刊トップ』(1998年春号)に掲載された杜氏紹介の記事です。(株)教育システム様のご厚意により、そのまま転載させて戴きます。


タイトル


 麹や酵母を操って、米と水から美味しい日本酒を造り上げる蔵人たち。その最高責任者である杜氏は、いわば酒造りの「現場監督」。
 優秀な杜氏の卓越した技なしに名酒は生まれない。
 経験と勘、研ぎ澄まされた五感が美酒を造り上げる。
 弱冠27歳、史上最年少杜氏の誕生。

 1月も末、11月頃から始まった酒造りも大詰めを迎える時期だ。
 長野県伊那市。中央アルプスと南アルプスに挟まれ、真冬は盆地のため零下10度以下まで冷え込むという。酒造りには最高の環境のこの地に、(資)宮島酒店はある。明治44年の創業以来、「本物の中にこそ美味がある "美味求真" 」を理念に、「信濃錦」という名酒を造り続けている。
 この宮島酒店で蔵人たちを統括し、酒造りの采配を振るっているのが杜氏・伊藤茂さんである。今年で66歳。酒造りに携わるようになって48年、杜氏を務めて39年。豊富な経験と卓越した技術を持った、一流の職人だ。

仕込蔵にて
 『昔から酒造りは、農事従業者の手によって行われてきました。田畑の収穫を終えた秋から春にかけての農閑期の仕事として酒造蔵へ出稼ぎに出ていたんです。私も実家が農家で、冬場の暇な時期に蔵元の手伝いに行くようになったのが酒造りに携わるきっかけです。
 最初は駒ヶ根市にある蔵でした。小さな蔵でしたが、酒造りをひと通り覚えることができました。大きな蔵へ行けば、精米、麹造り、酒母造りなど担当が分かれていますが、小さな蔵では何もかも一切やらなければならない。酒造りを覚えようと思ったら、小さい蔵へ入ったほうが早く身に付きますね。
 駒ヶ根の蔵には3年間通ったんですが、宮島酒店のほうで辞めてしまう人がいるので代わりに行ってくれということで、こちらにお世話になるようになりました。そのうち当時の杜氏さんが病気になってしまって、社長(宮島宏一郎氏)から「後を継いでくれ」と言われた。そのとき27歳で、自分なんかまだまだ未熟だし、伊那には経験のある先輩もたくさんいるからと一度はお断りしたんですが、どうしてもという社長の熱心さに負けて引き受けてしまった。
 今考えると、むちゃくちゃだったと思うね。27歳の杜氏というのは、全国でも私一人でしたから。』

蔵元のリクエストを形にするのが杜氏の仕事
 宮島酒店は昭和42年、全国に先駆けて防腐剤無添加酒を発売し、昭和47年に特許を取得。酒に防腐剤を入れることが主流だった当時の業界に、賛否両論、大きな話題を呼んだ。伊藤さんは社長の宮島氏とともに、防腐剤がなくても腐らない日本酒の開発に携わり、約 5年の実験・研究の繰り返しを経て完成させたのである。
 『日本酒と一口にいっても、甘い酒、辛い酒、コクのある酒、いろいろあります。杜氏というのは、蔵元の「こういう品質、味覚の酒を造ってほしい」というリクエストに応えて、イメージに合った酒を造り出すのが仕事です。
 売る側には、大学出の技術者や経営の勉強をした人間が増えていますが、彼らが考えていることというのは机上の理論というか、数字や理屈で積み上げたものですから、実際にやってみるとそう簡単に計算どおりにはいかないことが少なくありません。無理難題を投げかけられて衝突することもありますが、販売面から見て、市場調査などの結果、こういう酒が売れると判断したものですから、できるだけ企画にそった酒を造るよう努力しています。
 でも、社長から『防腐剤の入らない酒を造りたい』という話を聞いたときは、えらいことになったと思いましたね。「防腐剤は体の害になるものだから、安心して飲める酒にするために排除したい」という社長の考えには共感しましたが、すぐには賛成できませんでしたよ。店へ出した酒が腐ってしまったなんてことになったら、いい笑いものですからね。でも、社長がやると決めたからには、それを実現させるのが造る側の責任というものです。温度の高いところへ置いておいても腐ったり品質が衰えることがないかどうか、何度も失敗を繰り返し、研究に研究を重ね、やっと完成したのが現在の「信濃錦」です。
 防腐剤無添加の信濃錦が誕生して以来、会社は「美味と安心」という酒造理念を掲げましたが、これは私自身の酒造りにおける目標にもなっています。』

麹菌という生き物を相手に格闘する
 酒は米と水を原料に造っていくが、デンプン質の米はそのままではアルコールにならないので、麹菌を生育させてデンプンをブドウ糖に分解し、そのブドウ糖を酵母によってアルコール発酵させて仕込む。このときにきちんとした麹ができていないと、デンプンが十分に糖化されずにうまい酒ができなかったり、香りが出なかったりする。麹造りは酒造りで最も重要とされる工程だ。
 『酒屋も昔と違って、大学で醸造学などを学んだ技術者が多く入ってきていますが、この仕事は経験と勘が何より大事です。温度にしても時間にしても、基準どおり計算どおりにはいきません。今回、こうやってうまくいったからといって、同じやり方で次もうまくいくとは限らない。機械的尺度や理屈が通用しない世界なんです。
 仕事の工程なんてものは、教えてもらえばすぐに覚えられますが、技術を磨くという面では、先輩に教わったからといって身に付くものではありません。とにかく、自分で経験を積んでいくことです。常にどうしたらいい酒ができるか考え、いろいろな方法を試してみて、だんだんと微妙なさじ加減が分かってくるのではないでしょうか。
 しかし、自分が「うまい !」と思っても、人はそうは思わないかもしれない。嗜好品ほどむずかしいものはないですね。人それぞれ好みが違うし、同じ酒でも甘いという人がいれば、辛いという人もいる。だから私は10人のうち半分以上が「うまい」と言ってくれれば、それでよしとするよりしょうがないと思っています。
 とはいっても、名酒になるための条件はあります。昔から酒造りというと、「一に麹、二に酒母、三に造り」と言われるように、日本酒にとって麹が命なんです。酒造りにはいろいろな工程があって、どれも大事なんですが、いちばん味覚を左右するのは麹ですね。つまり、よい麹を造れるが否かが、美味しい酒を生み出す最大の課題ともいえるんです。
 一時期、この麹を機械でこしらえるようにしてみたんですが、やっぱりデリケートな生き物を扱うのに機械任せにしていてはいい麹はできないと、再び手仕事に戻しました。
 麹造りはほんとに手の掛かる仕事です。泊まり込んで、夜中でも2、3時間おきに見に来て、具合を確かめなければならない。それくらい気をつかって管理していても、菌は目に見えない生き物。なかなか計算どおりにはいきません。ほとんど寝ないでやってても、失敗することもありますからね。』

絶え間無い努力と研鑚が名酒を生み出す
 高級酒造りに使用する米の多くは、食用にする米とは違う酒造好適米が使われる。大粒で精米がしやすく、デンプン質を多く含むという特徴がある。純米酒や吟醸酒といった「特定名称酒」のみを製造する宮島酒店では、地元産の酒造好適米「美山錦」を100%使用。好適米は他に「山田錦」「雄町」などの銘柄がある。価格は食用米の1.2倍から1.5倍はする。
 『日本酒は、気温や雑菌といったものに影響を受けやすいので品質管理には非常に気をつかいます。常時温度をチェックし、清潔を心がけ、味も頻繁に確認して、進行具合をみます。とてもデリケートなものを五感をフルに活用して扱うわけですから、常に感覚を研ぎ澄ませておかなければなりません。そのためには普段から鍛えておく必要があるのです。例えば、私をはじめここの蔵人たちは喫煙はしません。歳をとって舌の感覚が衰えるのはしょうがないけれど、そのぶんは長年の経験と勘で補っています。
 酒造りの世界も、近年機械化が進み、合理化、省力化が図られてきました。うちも必要な設備を整えていますが、それは機械任せの酒造りを意味するのではなく、酒質に影響しない工程は極力人手を省いて、そのぶん蔵人の技を十二分に生かそうという考えからです。機械に頼っていたのではいい酒は絶対にできない。その意味では、私らの酒造りは、昔ながらの製造方法にこだわっているといえますね。うちは酒の原料となる水や米にもこだわっています。最高の原料で造らせてもらえるというのは、杜氏冥利に尽きる。張り合いがあると同時に、いい酒を造らなければという責任を感じます。』
 『何かと苦労の多い酒造りですが、搾られたばかりの酒を飲んでみて納得のいくものに仕上がったと思った瞬間、何ともいえない喜びがわいてきますね。ああ今年も信濃錦の名に恥じない、いい酒ができてよかったと。この仕事に「慣れ」というものはありません。毎年、毎回、出来上がるまではいい酒になってくれるだろうかと不安で、緊張の日々を過ごします。
 それに、日本酒も多様化、個性化の時代。蔵元や杜氏だけが満足しているような独り善がりの酒造りでは生き残れません。今、どんなタイプが好まれるのか、求められているのか、私自身もいろんな酒を買って飲んでみて研究します。どんなに技術があっても、経験が豊富でも、そうした努力と研鑚を忘れてはよいものは造り出せない。そう自分に言い聞かせて、毎朝、蔵へ向かっています。』

(C) 1998 株式会社教育システム ( 禁無断転載 )


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季刊トップ表紙
教育誌『季刊トップ』
警察幹部を主な読者とする教養情報誌。内容は、外部識者などからの警察への提言と要望、社会世相、政治、経済、国際問題など多岐にわたり、全国の警察を結ぶ情報誌の役割をも果たす事を目指している。葛ウ育システム刊。
 
杜氏
前杜氏 伊藤 茂
1932年生まれ。高校卒業後、長野県駒ヶ根市の酒造蔵に通い酒造りを覚える。1953年、宮島酒店に移り、1959年、杜氏に。現在伊藤さんが采配を振るう信濃錦の製品は30種。全国新酒鑑評会では平成5年より4期連続金賞受賞。平成8年、長野県清酒品評会にて、主席県知事賞を受賞するほか、関東信越国税局の鑑評会でも毎年優秀賞(金賞)を受賞している。
全国新酒鑑評会では、平成10年も金賞を受賞し、5期連続金賞受賞となりました。また平成17年春には、契約無農薬栽培の美山錦を用いた純米大吟醸にて金賞を受賞し、各方面より高い評価を戴いております。
 
利き酒
利き酒
搾りたての新酒を利き酒用の猪口でチェックする。香りをかぎ、口に含んで味を見る。思いどおりの酒ができたか、仕上がりを見る伊藤さんの表情は真剣そのものだ。
 
櫂入れ
櫂入れ
タンクの中の醪(モロミ)を櫂でかき回し、発酵を調整する。醪は酒母に麹米、蒸米、仕込み水を加えて造る。中をのぞくと、ぶくぶく泡が立っているのが見える。発酵が進んでいる証拠だ。
 
酒造り一筋
酒造り一筋
信濃錦の製品の一つ「極稀を贈る」のラベルには、造り手である伊藤さんの名前が刷り込まれている。杜氏の名を商品に刷り込むほどに、蔵元にとって自慢の杜氏なのだろう。
 
一服
一服
真剣勝負の酒造りの現場には、張りつめた空気が漂っているが、ひと仕事終えた頃にはこんな和んだ光景も見られる。